〈相馬顕胤〉「伊達七世弓を相馬に引くべからず」— 稙宗の起請石

小高城を出て丸森へ移る稙宗が、千倉庄石宮(南相馬市)の起請石にこう墨書したという逸話。典拠は『東奥中村記』『奥相茶話記』という相馬側の江戸期編纂物のみで、伊達側史料には見えない。その後の伊達・相馬の激しい抗争を知る後世が生んだ、恩義と皮肉を込めた伝説とみるのが妥当。物語としての魅力は屈指である。

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