〈島津豊久〉生き延びて上石津で息を引き取った

大垣市上石津には「重傷の豊久が約9km南下し、瑠璃光寺の住職や村人に介抱されたが落命した」という伝承があり、同寺に墓と位牌が現存する(1738年に夢告で改葬という由緒)。一方で「村人に拒まれ祟りをなした」という相反する口碑もあり、伝承の揺れ自体が「最期を見届けた味方がいなかった」ことの裏返しといえる。

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