〈尼子晴久〉元就は晴久の死を惜しみ「一度でいいから旗本同士で戦いたかった」と語った

晴久急死を聞いた毛利元就の言葉として流布するが、確かな出典は確認できない。とはいえ元就と晴久は享禄4年(1531)に義兄弟の契りを結んだ間柄で(『毛利家文書』第210号)、郡山城では元就が勝ち、富田城・忍原・降露坂では晴久が勝った。好敵手だったこと自体は史実である。

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