〈保科正俊〉高遠頼継とともに武田に抵抗し、1552年頃に臣従

正俊の帰属を直接示す同時代文書はない。頼継の動きも協力→敵対→没落と複雑で、天文14年(1545)の高遠・福与城攻め以降に伊那の諸勢力が段階的に武田へ組み込まれる中、保科氏の臣従時期には幅がある。「1552年頃臣従」は目安であり、確定年次ではない。

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