〈荒木久左衛門〉「妻子を見捨てた」のは村重か久左衛門か

単独犯人論はいずれも成り立たない。村重の拒絶(御番衆体制下では拒まざるを得なかったとも)、久左衛門らの逃亡、そして信長の見せしめ処刑——『信長公記』自身が「不便に思食され候といへども、侫人懲のため」と見せしめ目的を明記する——という三段の連鎖の結果とみるのが史料に即した理解。荒木村重のページと同じ判定である。

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