〈木曾義昌〉木曽義仲19代後裔の系譜は本物か
義仲の子孫は鎌倉初期に事実上断絶しており、木曾氏の系図は南北朝期の作成と指摘される(『木曾福島町史』)。実際は藤原北家秀郷流・沼田氏系とする説が有力。家譜間でも二代の名が食い違う。「義仲後裔」は木曽谷支配の正統性を担保する政治的看板だったとみるのが近年の理解。
義仲の子孫は鎌倉初期に事実上断絶しており、木曾氏の系図は南北朝期の作成と指摘される(『木曾福島町史』)。実際は藤原北家秀郷流・沼田氏系とする説が有力。家譜間でも二代の名が食い違う。「義仲後裔」は木曽谷支配の正統性を担保する政治的看板だったとみるのが近年の理解。