〈里見義弘〉里見水軍は江戸湾の制海権を握っていた
里見方の水軍(安房正木氏・岡本氏ら)が浦賀水道を越えて三浦半島や鎌倉方面を攻撃し、北条氏が三崎城などの水軍拠点で対抗したことは文書・記録から確実(真鍋淳哉『戦国江戸湾の海賊』)。ただし国府台大敗後は北条水軍に押されて上総沿岸を脅かされた時期もあり、「常時制海権を独占」は言い過ぎ。三船山で北条軍が海陸挟撃を恐れて撤退したことは、里見水軍の脅威が実戦上のリアリティを持っていた傍証といえる。
里見方の水軍(安房正木氏・岡本氏ら)が浦賀水道を越えて三浦半島や鎌倉方面を攻撃し、北条氏が三崎城などの水軍拠点で対抗したことは文書・記録から確実(真鍋淳哉『戦国江戸湾の海賊』)。ただし国府台大敗後は北条水軍に押されて上総沿岸を脅かされた時期もあり、「常時制海権を独占」は言い過ぎ。三船山で北条軍が海陸挟撃を恐れて撤退したことは、里見水軍の脅威が実戦上のリアリティを持っていた傍証といえる。