〈長野業正〉剣聖・上泉信綱が業正・業盛父子に仕えた
永禄元年(1558)の日付を持つ「長野信濃守在原業政家臣録」に「上泉伊勢守時則」が見えるが(諱が「信綱」と異なる)、家臣録自体が後代編纂の可能性がある。『撃剣叢談』(江戸後期)の「長野家十六槍」譚も軍記的性格が強い。上泉氏が長野氏の勢力圏と関係した可能性は高いが、主従の実態や武功譚は伝承の域を出ない。
永禄元年(1558)の日付を持つ「長野信濃守在原業政家臣録」に「上泉伊勢守時則」が見えるが(諱が「信綱」と異なる)、家臣録自体が後代編纂の可能性がある。『撃剣叢談』(江戸後期)の「長野家十六槍」譚も軍記的性格が強い。上泉氏が長野氏の勢力圏と関係した可能性は高いが、主従の実態や武功譚は伝承の域を出ない。