〈本山茂辰〉長浜城は内応で落ちた

茂辰が城門修理のため雇った元長宗我部家臣・福留右馬丞を国親が調略し、夜襲時に内側から門を開かせた——という劇的な調略譚。城が短期間で落ち翌日の野戦に直結した展開は諸書一致だが、内応の細部は軍記由来で、長宗我部の「知略」を強調する脚色の可能性がある。初出:『土佐物語』巻四。

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