〈小山田昌行〉高遠城の抗戦は武田方唯一の組織的抵抗
『信長公記』が示すとおり、天正10年2〜3月の織田軍侵攻では木曾義昌・小笠原信嶺・武田信廉・穴山梅雪ら諸将が相次いで離反・逃亡し、まともな籠城戦を行ったのは高遠城のみ。織田方に400余の首級を挙げさせる激戦で、諏訪勝右衛門の妻が刀を取って戦った「前代未聞」の奮戦も『信長公記』に特筆される。
『信長公記』が示すとおり、天正10年2〜3月の織田軍侵攻では木曾義昌・小笠原信嶺・武田信廉・穴山梅雪ら諸将が相次いで離反・逃亡し、まともな籠城戦を行ったのは高遠城のみ。織田方に400余の首級を挙げさせる激戦で、諏訪勝右衛門の妻が刀を取って戦った「前代未聞」の奮戦も『信長公記』に特筆される。