〈島津家久〉上洛して光秀・紹巴と交流した
天正3年(1575)の上洛は、家久自筆の『中書家久公御上京日記』(東京大学史料編纂所蔵)で確実。里村紹巴一門の世話になって連歌会に列なり、5月14〜16日条には明智光秀との対面と坂本城見学が記され、籠城の備えの万全さに感嘆している。本能寺の変の7年前に、九州の若武者が光秀・紹巴(のちの愛宕百韻の連衆)と接点を持っていた——戦国期でも屈指の確実性をもつ交流記録である。
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