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「〈細川晴元〉江口の戦いで家臣に政権を奪われた」の逸話はどこまで史実か — 初出史料・異説・後世の脚色を検証する
なぜこの問いか
細川晴元にまつわるこの逸話は、図鑑では「史実」としていますが、根拠となる史料と異説までは示せていません。読者が「本当にあった話か」を自分で確かめられるようにしたい。
図鑑の現在の記述・確認してほしい点
図鑑の現在の記述(区分: 史実): 天文18年(1549)6月24日、摂津江口で三好政長が敗死すると、晴元は決戦を避けたまま将軍義晴・義輝父子を連れて近江坂本へ逃亡し、約20年の政権は崩壊した。『細川両家記』『言継卿記』が伝える。三好長慶ページと同一判定。 確認してほしい点: この話が最初に現れる史料はなにか(同時代史料か、後世の編纂物か)。別の説や否定説はあるか。 図鑑の区分・本文に直すべき点があれば、根拠とともに提案してください。
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