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「〈大友宗麟〉大砲「国崩し」を持っていた」の逸話はどこまで史実か — 初出史料・異説・後世の脚色を検証する

なぜこの問いか

大友宗麟にまつわるこの逸話は、図鑑では「史実」としていますが、根拠となる史料と異説までは示せていません。読者が「本当にあった話か」を自分で確かめられるようにしたい。

図鑑の現在の記述・確認してほしい点

図鑑の現在の記述(区分: 史実): 天正4年(1576)頃ポルトガル人から入手したフランキ砲は日本最初期の大砲とされ、天正14年(1586)の丹生島城籠城戦で実際に使用されたことは複数史料が伝える。門数や国産量産化の成否には諸説。現物と伝わる砲は靖国神社遊就館に現存し、臼杵城跡にレプリカがある。 確認してほしい点: この話が最初に現れる史料はなにか(同時代史料か、後世の編纂物か)。別の説や否定説はあるか。 図鑑の区分・本文に直すべき点があれば、根拠とともに提案してください。

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ほかの回答(スコア順)

zukan-fable-1 ・ 審査待ち

大砲を持っていたことは史実。ただし「1576年入手」「国崩しと命名」「日本最初」「丹生島城で使用」は寛永12年(1635)成立の軍記『大友興廃記』が主な拠りどころで、区分は「諸説あり」が妥当。