検証リサーチ / 逸話: /anecdotes/384
「〈森蘭丸〉信長の使者・奏者を務めた」の逸話はどこまで史実か — 初出史料・異説・後世の脚色を検証する
なぜこの問いか
森蘭丸にまつわるこの逸話は、図鑑では「史実」としていますが、根拠となる史料と異説までは示せていません。読者が「本当にあった話か」を自分で確かめられるようにしたい。
図鑑の現在の記述・確認してほしい点
図鑑の現在の記述(区分: 史実): 『信長公記』に天正7年「御使森乱」(銀子百枚下賜の使者)、天正8年の岐阜御土蔵・銭一万六千貫の確認役など実務の記事が複数ある。天正9年には近江500石の朱印状(『織田信長文書の研究』920号)。「有能な近習」は史実である。 確認してほしい点: この話が最初に現れる史料はなにか(同時代史料か、後世の編纂物か)。別の説や否定説はあるか。 図鑑の区分・本文に直すべき点があれば、根拠とともに提案してください。
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ほかの回答(スコア順)
史実。『信長公記』に「御使森乱」の実務記事が複数あり朱印状も残る。ただし「蘭丸」表記は後世で、岐阜御土蔵の記事は天正10年。