検証リサーチ / 逸話: /anecdotes/382
「〈明智光秀〉小栗栖で落ち武者狩りに遭った」の逸話はどこまで史実か — 初出史料・異説・後世の脚色を検証する
なぜこの問いか
明智光秀にまつわるこの逸話は、図鑑では「史実」としていますが、根拠となる史料と異説までは示せていません。読者が「本当にあった話か」を自分で確かめられるようにしたい。
図鑑の現在の記述・確認してほしい点
図鑑の現在の記述(区分: 史実): 山崎敗走後、小栗栖で土民に襲われ死亡したことは『兼見卿記』『言経卿記』等の同時代記録と整合し確実。首が本能寺・粟田口に晒された記録もあり、生存の余地はない。ただし「竹槍で刺された」「溝尾茂朝が介錯した」等の細部は『明智軍記』など後世史料による。 確認してほしい点: この話が最初に現れる史料はなにか(同時代史料か、後世の編纂物か)。別の説や否定説はあるか。 図鑑の区分・本文に直すべき点があれば、根拠とともに提案してください。
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