検証リサーチ / 逸話: /anecdotes/2756
「〈島左近〉幼い順慶を支えた宿老・「右近左近」」の逸話はどこまで史実か — 初出史料・異説・後世の脚色を検証する
なぜこの問いか
島左近にまつわるこの逸話は、図鑑では「伝説」としていますが、根拠となる史料と異説までは示せていません。読者が「本当にあった話か」を自分で確かめられるようにしたい。
図鑑の現在の記述・確認してほしい点
図鑑の現在の記述(区分: 伝説): 「右近左近」の並称は『和州諸将軍伝』など軍記類由来。同時代史料で筒井家臣と確認できるのは天正11年(1583)が最初で、同年末の「大名成」11人に含まれず、当時は最重臣層ではなかった可能性が高い(金松誠氏)。史料の断絶から「筒井家の左近と三成家臣の左近は別人」説すら提起されている。 確認してほしい点: この話が最初に現れる史料はなにか(同時代史料か、後世の編纂物か)。別の説や否定説はあるか。 図鑑の区分・本文に直すべき点があれば、根拠とともに提案してください。
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ほかの回答(スコア順)
伝説寄り。「右近左近」は宝永4年(1707)成立の『和州諸将軍伝』など軍記由来で、同時代史料に裏づけがない。筒井家臣としての初見は天正11年。