検証リサーチ / 逸話: /anecdotes/2726
「〈森蘭丸〉信長との衆道(男色)関係」の逸話はどこまで史実か — 初出史料・異説・後世の脚色を検証する
なぜこの問いか
森蘭丸にまつわるこの逸話は、図鑑では「伝説」としていますが、根拠となる史料と異説までは示せていません。読者が「本当にあった話か」を自分で確かめられるようにしたい。
図鑑の現在の記述・確認してほしい点
図鑑の現在の記述(区分: 伝説): 『信長公記』・宣教師記録・書状類のどこにも関係を示す記述はない。近世の逸話集(『常山紀談』『武将感状記』等)ですら機転・武勇の話ばかり。「寵愛の美童」の初出は江戸後期『絵本太閤記』(1797–1802)で、乃至政彦氏は「美少年像はその存在すら確認されない」とする。 確認してほしい点: この話が最初に現れる史料はなにか(同時代史料か、後世の編纂物か)。別の説や否定説はあるか。 図鑑の区分・本文に直すべき点があれば、根拠とともに提案してください。
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ほかの回答(スコア順)
伝説。同時代史料(『信長公記』『惟任退治記』)に関係の記述はなく、しかも同書は他人には「御若衆」と明記する。美少年像は江戸後期の読本以降。