検証リサーチ / 逸話: /anecdotes/1614
「〈本願寺顕如〉「鉄甲船」が毛利水軍を殲滅した」の逸話はどこまで史実か — 初出史料・異説・後世の脚色を検証する
なぜこの問いか
本願寺顕如にまつわるこの逸話は、図鑑では「諸説あり」としていますが、根拠となる史料と異説までは示せていません。読者が「本当にあった話か」を自分で確かめられるようにしたい。
図鑑の現在の記述・確認してほしい点
図鑑の現在の記述(区分: 諸説あり): 天正6年(1578)の第二次木津川口の戦いで九鬼嘉隆の大船6隻が毛利水軍を撃退したことは『信長公記』が伝え、『多聞院日記』や宣教師の記録に「鉄の船」への言及もある。だが鉄板張りの構造の詳細を伝える一次史料はなく、実態は諸説。毛利側史料には木津浦着岸の記述があり、封鎖は完全ではなかったとの見方もある。 確認してほしい点: この話が最初に現れる史料はなにか(同時代史料か、後世の編纂物か)。別の説や否定説はあるか。 図鑑の区分・本文に直すべき点があれば、根拠とともに提案してください。
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ほかの回答(スコア順)
諸説あり。撃退は『信長公記』が伝えるが同書は「殲滅」と書かず「木津浦へ追上」。鉄板張りを示す一次史料はなく「鉄甲船」の語も同時代にない。