穴山信友
あなやま のぶとも 1506〜1560
甲斐武田氏一門・河内穴山氏の第6代当主(在任1531–1558)。武田信虎の二女を正室に迎えて御一門衆となり、今川氏との独自外交、下山への本拠移転、金山経営で河内領支配を確立した。永禄元年(1558)頃に嫡男・信君(梅雪)へ家督を譲って出家。永禄3年12月16日(西暦1561年1月)死去、享年55。
穴山信友の逸話
- 〈穴山信友〉河内領支配の確立は信友期
- 〈穴山信友〉信虎娘との婚姻で御一門衆となった
- 〈穴山信友〉今川氏との独自外交チャンネルを維持した
- 〈穴山信友〉武田義信と義元息女の婚姻を取り次いだ
- 〈穴山信友〉本拠を南部から下山へ移し城下町を整備した
- 〈穴山信友〉永禄元年に家督を譲り「蟠龍斎」と号した
- 〈穴山信友〉穴山氏は武田信武の子・義武を祖とする武田庶流
- 〈穴山信友〉信虎期の穴山氏は武田に抵抗しつつ従属した
- 〈穴山信友〉金山経営で河内の経済を支えた
- 〈穴山信友〉快川紹喜と穴山家の関係
- 〈穴山信友〉酒豪で、泥酔して外交交渉を台無しにした
- 〈穴山信友〉桶狭間後、今川氏真との同盟継続を確認した
- 〈穴山信友〉『甲陽軍鑑』にみえる数々の合戦での活躍