仙石秀久
せんごく ひでひさ 1552〜1614
美濃の土豪・仙石久盛の四男。羽柴秀吉の最古参級の家臣として淡路洲本5万石、讃岐約10万石まで駆け上がるが、戸次川の戦いの大敗で改易・高野山追放。小田原征伐に無禄で参陣して赦され、信濃小諸5万石で大名に復帰した。小諸藩初代藩主として24年、城と街道を整備し、慶長19年(1614)に客死した。
ゆかりのお城
仙石秀久の逸話
- 〈仙石秀久〉淡路洲本5万石 — 四国方面の抑え
- 〈仙石秀久〉戸次川の強行渡河 — 信親・存保を死なせた
- 〈仙石秀久〉漫画『センゴク』が秀久像を一変させた
- 〈仙石秀久〉秀吉最古参の家臣(墨俣以前から仕えた)
- 〈仙石秀久〉「三国一の臆病者」と罵られ、改易・高野山追放
- 〈仙石秀久〉小田原陣の「鈴鳴り武者」
- 〈仙石秀久〉家康のとりなしで信濃小諸5万石に復帰
- 〈仙石秀久〉秀忠への忠勤 — 人質申し出と遅参のとりなし
- 〈仙石秀久〉秀吉家臣団で最初に大名になった男
- 〈仙石秀久〉箱根「仙石原」の地名は秀久に由来
- 〈仙石秀久〉沼田街道を整備した
- 〈仙石秀久〉石川五右衛門を捕縛した怪力の豪傑
- 〈仙石秀久〉蕎麦切りの伝道師 — 信州そばの恩人