新島八重にいじま やえ 1845〜1932会津藩の砲術師範の家に生まれ、戊辰戦争では自ら銃を取って鶴ヶ城の籠城戦に加わったと伝わります。「幕末のジャンヌ・ダルク」とも呼ばれます。ゆかりのお城鶴ヶ城(会津藩士の娘)