〈北条氏直〉自身の切腹と引き換えに将兵の助命を申し出た
天正18年7月5日、氏直が滝川雄利の陣所に赴き、自らの切腹をもって城兵・領民の助命を請うたことは複数の同時代記録・秀吉側書状類で裏付けられる。秀吉も「神妙」と評した。劇的な演出は後世の軍記で増幅されたが、骨格は史実。「無力な当主」像と正反対の、再評価の核となる逸話である。
天正18年7月5日、氏直が滝川雄利の陣所に赴き、自らの切腹をもって城兵・領民の助命を請うたことは複数の同時代記録・秀吉側書状類で裏付けられる。秀吉も「神妙」と評した。劇的な演出は後世の軍記で増幅されたが、骨格は史実。「無力な当主」像と正反対の、再評価の核となる逸話である。