〈北条氏綱〉江戸城を奪取した(1524)

大永4年正月、高輪原の戦いで扇谷上杉朝興を破り江戸城を攻略。太田道灌の孫・太田資高の内応が決め手だったことも記録で確認できる、後北条氏の武蔵進出の画期。前年の改姓と連動した一体の政略(改姓=敵対表明から江戸攻略へ)とみるのが黒田基樹の近年の解釈。

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