〈小田政治〉永正の乱で三度立場を変えた

政氏方から永正11年(1514)3月ごろ高基方へ、椎津城合戦(1519)の敗北後は小弓公方・足利義明方へ。この変転は黒田基樹・中根正人氏らの文書分析で確認される流れである。「風見鶏」ではなく常陸南部の地政学を読んだ現実主義外交とみるのが近年の評価。

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