〈阿蘇惟豊〉兄から大宮司職を「譲られた」

永正2年(1505)、菊池家に迎えられる兄・惟長が大宮司職を弟に譲ったことは、菊池・阿蘇双方の経緯から確実。ただし「菊池重臣84名連判の誓紙が浜の館に届いた」という具体的叙述は『肥後国誌』系の郷土史に見え、細部は諸説。

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