〈甲斐宗運〉響野原の戦いで盟友・相良義陽を討った

天正9年(1581)12月の合戦の発生と義陽の戦死は、相良側史料(『八代日記』系、『南藤蔓綿録』)と阿蘇側伝承の双方から確実。「床几に座したまま討たれた」「霧に乗じ背後から奇襲」などの戦闘描写は後世の編纂物由来の諸説。現地には義陽を祀る相良堂(宇城市指定文化財)が建つ。

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