〈安東愛季〉蠣崎氏を従え北方交易圏の盟主だった

蠣崎氏がアイヌ交易収益の一部を安東氏へ上納する体制は概ね史実。1565年のルイス・フロイス書簡が「秋田という大市」に蝦夷人が多数来て貿易すると記し、同時代の外国史料が裏づける。ただし従属の具体的形式は松前氏の家伝『新羅之記録』(1646年成立)由来が多く、松前側の潤色に注意。蠣崎慶広は愛季の死後、秀吉に直属して独立した。

関連

〈安東愛季〉蠣崎氏を従え北方交易圏の盟主だった | デジタル城下町 お城図鑑