〈北郷時久〉孫・忠能が都城を取り戻した
慶長4年(1599)の伊集院忠棟誅殺を機に起きた庄内の乱で、北郷家は忠能(時久の孫)と三久が鎮圧側として奮戦し、慶長5年(1600)の乱終結後に忠能が都城復帰を果たした。ただし旧領のうち大隅の財部・末吉・恒吉などは宗家直轄となり全領回復ではない。時久自身は1596年に没しており、「復帰を喜んだ」といった描写は創作になる。
慶長4年(1599)の伊集院忠棟誅殺を機に起きた庄内の乱で、北郷家は忠能(時久の孫)と三久が鎮圧側として奮戦し、慶長5年(1600)の乱終結後に忠能が都城復帰を果たした。ただし旧領のうち大隅の財部・末吉・恒吉などは宗家直轄となり全領回復ではない。時久自身は1596年に没しており、「復帰を喜んだ」といった描写は創作になる。