〈北郷時久〉三納平野で伊東残党300余を討つ

木崎原(1572)・耳川(1578)への参戦は都城市公式が明記。耳川の年、大友軍侵攻に対し先陣として宮崎城在番中、伊東残党約1,000の蜂起を三納平野で迎撃し300余人を討ち取った。翌天正7年12月に島津義久から所領安堵と獲得地保障の約束を得ており、宗家からの評価の高さがうかがえる。

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