〈大村純忠〉天正遣欧使節を送った — 名代は甥のミゲル

天正10年(1582)、ヴァリニャーノの企画により大友宗麟・有馬晴信とともに少年使節をローマへ派遣。純忠の名代は甥(弟・千々石直員の子)の千々石ミゲルで、正使を務めた。『デ・サンデ天正遣欧使節記』等で確実。ただし三大名がどこまで主体的に関与したかは諸説あり、ヴァリニャーノ主導で大名側の関与は形式的だったとする説も有力。純忠は使節の帰国(1590)を見ずに没した。

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