〈秋月種長〉日向財部3万石へ転封——当初の居所は串間
転封と3万石は史実。当初は領内南端の串間(福島)に居を構え、財部城(高鍋城)へ移ったのは慶長9年(1604)である。資料により「串間3万石」「財部3万石」と表現が揺れるのは、領地が児湯郡財部から那珂郡串間まで飛び地状に広がっていたため。父・種実も晩年は串間の御館で過ごしたと伝わる。根拠は『高鍋藩史話』(安田尚義)ほか。
転封と3万石は史実。当初は領内南端の串間(福島)に居を構え、財部城(高鍋城)へ移ったのは慶長9年(1604)である。資料により「串間3万石」「財部3万石」と表現が揺れるのは、領地が児湯郡財部から那珂郡串間まで飛び地状に広がっていたため。父・種実も晩年は串間の御館で過ごしたと伝わる。根拠は『高鍋藩史話』(安田尚義)ほか。