〈相良義陽〉遺児たちと相良氏の存続 — 死は無駄ではなかった

義陽死後、深水長智・犬童頼安らが家を支え、忠房夭折の後は頼房が20代当主に。豊臣九州平定では深水長智の直訴で本領を守り、関ヶ原では頼房が東軍に転じて初代人吉藩主となった。鎌倉以来の同じ土地を明治まで治めた大名は島津・相良ら数えるほど。「義陽の死が家を救った」という因果の語りは顕彰文脈だが、存続の事実は揺るがない。

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