〈有馬晴信〉ポルトガル船グラサ号を爆沈させた

慶長14年12月(1610年1月)、マカオでの日本人殺害(48人とも)の報復として、家康の内諾のもと長崎でペソアの乗艦を攻撃、船は爆沈した。日葡双方に記録が残る著名事件。正式船名は「ノサ・セニョーラ・ダ・グラサ号」で、「マードレ・デ・デウス号」は日本で流布した通称。「忠義の武勇譚」というより、幕府の強硬姿勢の代行と晴信自身の恩賞への期待が絡む政治事件だった。

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