〈龍造寺隆信〉蒲池鎮漣の謀殺と赤星の人質処刑

恩人の子で娘婿の蒲池鎮漣を猿楽の宴に誘き出して謀殺し柳川一族を誅滅(1581)、赤星統家の人質の幼子二人を処刑(1583)——両事件とも史実(川副2006、『北肥戦誌』)。ただし鎮漣には無断離陣・島津通謀という当時の感覚では明確な処罰事由があり、人質処刑も戦国期に広く行われた威嚇手段。「猜疑心に狂った乱行」という枠組みは、鍋島を「仁」の側に置く佐賀藩軍記の対比構造が作った面がある。

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