〈大野治胤〉樫井の戦いに治胤はいなかった

焼き討ち翌日の樫井の戦い(4月29日)では、先鋒の塙直之と岡部則綱が一番槍を争って突出し、主将・治房の本隊との連携を欠いたまま壊滅、塙直之・淡輪重政が討死した。この戦いに治胤が加わったことを示す史料はない。後世の講談では「大野兄弟」が一括して語られるため、樫井の敗戦まで治胤に紐づけられることがある点に注意。

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