〈大野治胤〉猪熊事件への連座で追放された

慶長14年(1609)の宮中密通スキャンダルの処分で家康の沙汰により追放。同時代覚書『大坂御陣山口休庵咄』が「公家のいのくま殿悪事ニ付、家康公ゟ御追放成」と記す。ただし治胤が具体的に何をしたのか(逃亡幇助か、交遊による連座か)は史料上判然としない。

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