〈小西行長〉「切腹拒否」— キリシタンゆえ自害せず斬首された

捕縛後に自害を選ばず、慶長5年10月1日に六条河原で斬首されたことは確実。カトリックは自殺を大罪とするため、切腹拒否はイエズス会側記録と整合する。処刑時に僧侶の経文を拒みイコンを三度頭上に戴いた、黒田長政への告解仲介の依頼が家康の命で拒まれた等の細部はキリシタン側史料の伝で、殉教譚として整えられた可能性を含む(諸説)。

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