〈増田長盛〉秋篠川を付け替え、総堀5.5kmを完成させた
秋篠川の流路を東に変えて佐保川に落とし、旧川筋を外堀に転用、溜池や窪地もつないで周囲約50町13間(約5.5km)の外堀を完成させた(大和郡山市公式資料)。水害対策も兼ねた治水土木で、郡山城の縄張りはこれで最終確定した。なお城下の自治制度「箱本十三町」の創設は前任者・豊臣秀長の時代で、長盛は継承者である点に注意。
秋篠川の流路を東に変えて佐保川に落とし、旧川筋を外堀に転用、溜池や窪地もつないで周囲約50町13間(約5.5km)の外堀を完成させた(大和郡山市公式資料)。水害対策も兼ねた治水土木で、郡山城の縄張りはこれで最終確定した。なお城下の自治制度「箱本十三町」の創設は前任者・豊臣秀長の時代で、長盛は継承者である点に注意。