〈増田長盛〉秀長死後の大和支配を継承した

文禄4年(1595)、豊臣秀保の死で大和大納言家が断絶した後、6月に大和郡山城20万石を拝領。常陸3千石の加増を受け、紀伊・和泉・大和の豊臣蔵入地代官を兼ねた。100万石を領した秀長の後任として畿内の要・大和を任されたことは、秀吉の信任の厚さを示す。

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