〈前田玄以〉「徳善院僧正」の起請文は日付を遡って作られた
「徳善院僧正」は文禄5年(1596)5月の勅許による名乗りで、秀頼の代替わりアピールの一環だった。ところが改名前の文禄4年8月3日付起請文に「徳善院僧正」署名がある——これは秀頼の誕生日に起請文を出したという事実を作るため遡及作成されたもの。矢部健太郎氏の文書研究が虚飾を剥がした興味深い事例。
「徳善院僧正」は文禄5年(1596)5月の勅許による名乗りで、秀頼の代替わりアピールの一環だった。ところが改名前の文禄4年8月3日付起請文に「徳善院僧正」署名がある——これは秀頼の誕生日に起請文を出したという事実を作るため遡及作成されたもの。矢部健太郎氏の文書研究が虚飾を剥がした興味深い事例。