〈山内一豊〉「内助の功」像は明治が完成させた

江戸中期の『藩翰譜』『常山紀談』で成立した逸話は、明治期に講談「山内一豊の妻」で大衆化し、尋常小学校の修身教科書に採用された。妻に従順と内助を求める良妻賢母教育の模範例として国家的に流通したのである。現在の「内助の功=千代」像は、江戸期の編纂逸話+明治の教育利用という二段階で作られた。

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