〈藤田行政〉信長の副使として奈良へ下向した
『多聞院日記』天正5年(1577)11月29日条に、興福寺大乗院の御反銭の件で「右大臣公」(信長)の副使として藤田伝五が奈良へ到来したことが記される。同時代の一次史料による確実な記録で、伝五が織田政権の公務を担う立場にあったことを示す。
『多聞院日記』天正5年(1577)11月29日条に、興福寺大乗院の御反銭の件で「右大臣公」(信長)の副使として藤田伝五が奈良へ到来したことが記される。同時代の一次史料による確実な記録で、伝五が織田政権の公務を担う立場にあったことを示す。