〈加藤嘉明〉順天撤退への単独反対で10万石史実慶長3年(1598)、明軍接近時に諸将が順天からの撤退を主張する中で一人強硬に反対し、秀吉に激賞されて3万7000石加増、10万石に。秀吉は朱印状で将来の国主大名取り立てまで約束したが、その死により果たされなかった。関連加藤嘉明