〈荒木村重〉黒田官兵衛を土牢に幽閉した

天正6年(1578)、翻意の説得に訪れた小寺(黒田)官兵衛を有岡城の土牢に幽閉したことは史実。約1年後の落城時に救出されたが、足が不自由になったと伝わる。「牢の窓から見えた藤の花に希望を見出した」等の細部は黒田家の顕彰史料『黒田家譜』(貝原益軒編)由来で潤色の可能性がある。使者を斬るのが通例の時代に「殺さず幽閉にとどめた」点に、村重の温情や和睦カードとしての計算を読む研究者もいる。

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