〈京極高吉〉浅井氏への従属 — 下剋上の逆転関係

京極氏が北近江守護、浅井氏がその被官出身であることは確実(宮島敬一氏ほか)。浅井亮政の台頭は京極家の家督争いへの介入から始まり(『江北記』)、天文3年(1534)の小谷城下饗応記録は京極氏が「奉られる権威」として利用されたことを示す。高次が小谷城京極丸で生まれた(1563)こともこの従属関係の帰結。ただし「傀儡」「軟禁」の程度を伝える明文史料はなく、強い表現は解釈である。

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