〈京極マリア〉40日間説教を聞き続けて受洗した

同年報に「四十日間続けて説教に耳を傾けてこれをよく悟り、四十日の終りには二人とも洗礼を受けた」と明文がある。「40日」は聖書的に象徴的な数字で定型化の可能性は残るが、一時の熱狂ではなく長期の教理学習の末の受洗だったことは確実である。

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