〈細川晴元〉三好元長(長慶の父)を一向一揆で滅ぼした

享禄5年(1532)6月、本願寺証如に蜂起を依頼し、堺・顕本寺の元長を数万の一揆に囲ませて自害させた「一揆による代理粛清」。『細川両家記』『祐維記抄』から動かない。17年後にその遺児・長慶へ政権を奪われる因果も、創作ではなく史実の連鎖である(長慶ページと同一判定)。

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