〈三好三人衆〉本圀寺の変 — 義昭をあと一歩まで追い詰めた
永禄12年(1569)1月、信長が美濃に帰国した隙を突いて阿波から渡海し、京都六条本圀寺の義昭仮御所を急襲。明智光秀らの守備隊が持ちこたえ、後詰の到着で敗退した(『信長公記』『言継卿記』)。この敗戦を機に、信長は義昭の御所として二条城を築くことになる。
永禄12年(1569)1月、信長が美濃に帰国した隙を突いて阿波から渡海し、京都六条本圀寺の義昭仮御所を急襲。明智光秀らの守備隊が持ちこたえ、後詰の到着で敗退した(『信長公記』『言継卿記』)。この敗戦を機に、信長は義昭の御所として二条城を築くことになる。