〈片倉景綱〉政宗の脇腹を焼き串で「荒療治」した

政宗が晩年小姓に語った『木村宇右衛門覚書』に載る話。右脇腹の脹満に苦しむ政宗を、景綱が焼いた金串を灸のように刺して治療した——しかも事前に自分の腿に刺して試し、その傷で後年まで乗馬時に足がひきつったという。本人の語りに基づく点で「右目」よりはるかに信頼度が高く、この実話が眼の伝説の母胎になった可能性も指摘される。

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