〈原虎胤〉「もう一人の原」— 原昌胤との混同
武田家臣の原姓には、虎胤(美濃守・下総千葉氏系・足軽大将)と原昌胤(隼人佑・美濃土岐氏系と伝える甲斐譜代・陣場奉行)の二系統があり、まったくの別家。『甲越信戦録』が両者を同一門のように語るなど軍記段階から系譜が混乱し、武田二十四将図でも並んで描かれるため取り違えが多い。虎胤の諱を「信知」とする記録の存在も伝承の揺れの傍証。
武田家臣の原姓には、虎胤(美濃守・下総千葉氏系・足軽大将)と原昌胤(隼人佑・美濃土岐氏系と伝える甲斐譜代・陣場奉行)の二系統があり、まったくの別家。『甲越信戦録』が両者を同一門のように語るなど軍記段階から系譜が混乱し、武田二十四将図でも並んで描かれるため取り違えが多い。虎胤の諱を「信知」とする記録の存在も伝承の揺れの傍証。